それは、残業で疲れ果てて帰宅した、冷たい雨が降る夜のことでした。最寄り駅に着き、傘を差しながら自宅マンションのエントランスに向かいます。オートロックの鍵穴に鍵を差し込もうとして、私はその異変に気づきました。いつもならジャケットのポケットに入っているはずの、あの硬くて冷たい金属の感触がないのです。一瞬、心臓が凍りつきました。「まさか」。慌ててポケットというポケットを探り、カバンの中身を歩道にぶちまけるようにして確認しましたが、どこにも鍵は見当たりません。記憶を必死に巻き戻します。会社を出る時、確かにデスクの上に置いたはず。それをポケットに入れた…はず。しかし、その後の記憶は曖昧でした。雨は容赦なく私と私の荷物に降り注ぎ、絶望感が全身を包み込みます。時刻はすでに深夜0時を回っており、管理会社に連絡がつく時間ではありません。実家は遠く、友人にこの時間から迷惑をかけるのもためらわれました。途方に暮れ、スマートフォンの震える手で「鍵 紛失 深夜」と検索。ずらりと並んだ鍵屋の広告の中から、24時間対応と書かれた業者に藁にもすがる思いで電話をかけました。電話口の男性は落ち着いた声で私の状況を聞き、30分ほどで到着できること、そして料金のおおよその見積もりを伝えてくれました。その声に少しだけ安堵し、私は雨に濡れながらマンションの前で待ち続けました。やがて到着した作業員の方は、手際よく身分証で本人確認を済ませると、特殊な工具を取り出し、驚くほど静かに、そしてあっという間にエントランスと玄関の二つの鍵を開けてくれました。家の中に入れた時の安堵感は、今でも忘れられません。その後、防犯のためにシリンダーごと交換してもらい、支払った金額は決して安くはありませんでしたが、あの絶望的な状況から救い出してくれたことを思えば、必要な出費だったと納得しています。この日以来、私は鍵の定位置を徹底し、外出時には必ず指差し確認をするようになりました。あの雨の夜の教訓は、私の心に深く刻み込まれています。